マウス初期発生過程における細胞運命決定

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マウスの初期発生過程で,内部細胞塊細胞がエピブラストまたは原始内胚葉細胞に分化します.この運命決定が起こる前に,転写因子NANOGを含む複数の因子の発現量は細胞間で大きな多様性を示すことから,確率的な遺伝子発現が細胞運命を決定し得ることが示唆されています.マウス胚性幹(ES)細胞は内部細胞塊と似た性質の細胞で,血清存在下で転写因子NANOGを含む複数の遺伝子が大きな遺伝子発現量の多様性を示します.NANOGは多能性獲得に重要な因子であり, NANOG発現量の高い内部細胞塊細胞は将来エピブラストへと分化します.内部細胞塊細胞やマウスES細胞における遺伝子発現量の細胞間多様性の誘引には転写因子間の負のフィードバックや細胞間相互作用等が関係すると考えられていますが,これら制御機構が作用する以前から発現量多様性が誘引されていることなどから,詳細は明らかになっていません.


 興味深い報告として,Nanog遺伝子はマウスの初期発生過程およびマウスES細胞で,しばしば1つの対立遺伝子のみから転写されることが示されています.このことから,Nanog遺伝子は顕著な転写バーストを示し,それがNANOG発現量の細胞間多様性を誘引する一因である可能性が示唆されていました.


 我々は,転写ライブイメージングおよびsmFISH解析によって,マウスES細胞において転写バーストに起因するintrinsic noiseがNanog遺伝子の発現量多様性に有意に寄与することを明らかにしました.一方,マウスES細胞で認められる他の多くの遺伝子の発現量多様性に転写バーストがどの程度寄与しているのか,また転写バーストがどのように制御されているのかは明らかにされていませんでした.

我々は、1細胞RNA-seq解析およびCRISPRライブラリスクリーニングによって、マウスES細胞において転写バーストに寄与し得る因子を網羅的に同定しました。一方で、転写バーストを細胞全体で制御する「マスター因子」は無く、遺伝子によって転写バースト制御機構が異なることがわかりました。

 現在は、マウスES細胞における特定の遺伝子に着目し、詳細な転写バースト機構をライブイメージングやDNA/RNA-seqFISHを利用して解明しようとしています。

 また、メスマウスES細胞を利用してランダムに起こるX染色体不活性化がどのように誘引されるか、マウス初期発生過程での内部細胞塊から原始内胚葉・エピブラストへの運命決定機構について興味を持って研究を進めています。