イントロダクション
細胞内で遺伝子が発現(転写)する際、その活性は必ずしも連続的ではなくON(活性)とOFF(不活性)を繰り返すことが知られています。例えば、ある遺伝子がランダムに数分間だけONになって大量のRNAを産生し、また突然OFFになるという断続的な挙動が観察されます。このような不規則で動的な転写の振る舞いは「転写バースト」と呼ばれ、個々の細胞における遺伝子活性を微調整する重要な仕組みです(図1)。

図1. 転写バーストの模式図
転写バーストが起こることで、同じ組織や培養環境にある細胞同士でも遺伝子発現量にばらつきが生じます。この現象は初期胚の発生やがん細胞の進化などで多様な挙動を生み出す要因になると考えられており、生命現象や疾患の文脈で大変重要です。しかし、どのようにして遺伝子の転写バーストが制御されているのか、そのメカニズムはまだ十分に解明されていません(図2)。なぜある細胞ではある遺伝子が頻繁にバーストし、別の細胞では静かなのか?どのような因子が転写バーストのタイミングや継続時間を決めているのか?こうした疑問に答えることは、細胞生物学や遺伝子制御の未踏領域を切り開くことにつながります。

図2. 転写バースト制御機構
研究の目的
本研究プロジェクトでは、転写バーストの制御メカニズムを明らかにすることを目指しています。転写バーストの背景にある分子機構を解明することで、細胞がどのようにして遺伝子の発現量やゆらぎ(ノイズ)を調節しているのかを理解できます。これは単に遺伝子発現の基礎原理を知るだけでなく、同じ遺伝的背景を持つ細胞集団の中で生じる遺伝子発現量のばらつきを説明する手がかりになります。
細胞間の発現ばらつきは、細胞運命の決定やストレス応答などに影響を及ぼす重要な要因です。例えば、未分化な幹細胞集団の中で、転写バーストの違いによって一部の細胞だけが分化のスイッチとなる遺伝子を発現し、他は未分化のまま維持される、といった現象が起こりえます。転写バーストの制御機構を理解することは、細胞の状態遷移や運命決定を予測・制御する上でも意義が深く、発生生物学から再生医療まで幅広い分野に影響を与えると期待されます。さらに、遺伝的に同一な細胞でも転写バーストによるゆらぎがあるおかげで、多細胞生物では環境変化に対する適応力が増し、個体の健全性が保たれているという側面もあります。その一方で、このゆらぎが過剰になると組織の機能不全や疾患につながる可能性があり、その適切なバランスを保つ仕組みを解き明かすことが本研究の目的です。
研究アプローチと手法
転写バーストという複雑な現象に迫るために、当研究室ではマルチスケールかつマルチモーダルなアプローチを取っています。具体的には、以下の最先端手法を組み合わせることで、転写バーストの発生から制御までを包括的に解析します。
- ライブイメージング: 生きた細胞をリアルタイムで観察し、遺伝子の転写ON/OFFの切り替わり(バースト発生)を直接可視化します。蛍光タンパク質レポーターや生体内標識技術を用いることで、秒~分単位の転写ダイナミクスを追跡し、バーストの頻度や持続時間を定量化します。
単一遺伝子イメージング技術(STREAMING-tagシステム)の模式図と本技術を利用して撮影された動画。マウスES細胞のNanog遺伝子にSTREAMING-tagが適用されており、本細胞を15秒間隔で撮影した動画。
単一遺伝子イメージング技術(STREAMING-tagシステム)の模式図と本技術を利用して撮影された動画。マウスES細胞のNanog遺伝子にSTREAMING-tagが適用されており、本細胞を2分間隔で撮影した動画。
- 単一分子蛍光 in situ ハイブリダイゼーション(smFISH): 固定した細胞内で単一分子レベルのmRNAを検出する手法です。特定の遺伝子の転写産物を一本一本数えることで、各細胞が持つmRNA分子数の分布を測定できます。これにより、転写バーストの結果生じる発現量のゆらぎを静的なスナップショットとして捉え、細胞間のばらつきを可視化します。

smFISHによって、マウスES細胞のNanog mRNAを緑色蛍光色素で染色した画像。青色は細胞核を示す。矢頭は、まさに転写バーストが起こっている遺伝子領域(転写輝点)を示す。
- マルチモーダルseqFISH(DNA/RNA/IF-FISH): DNA・RNA・タンパク質を同時に可視化できる高度な逐次FISH法です。具体的には、細胞内の特定のゲノムDNA領域(例:エンハンサーやプロモーター)、対応するRNA転写産物、および転写因子などのタンパク質(免疫染色, IF)を順番に蛍光標識し、同一細胞内で空間的に重ね合わせて観察します。この手法により、転写バーストが起きている遺伝子座の近傍で起こるDNA構造変化(領域間距離の変化)や調節因子の局所蓄積を可視化し、空間的コンテクストからバースト制御の仕組みに迫ります。

DNA/RNA/IF-seqFISHの模式図。
seq-DNA/RNA/IF-FISHの代表的な画像。本動画は、seq-DNA/RNA-IF-FISHを用いて各ラウンドで取得された画像の最大輝度投影から作成されている。各ラウンドにおいて、3種類の二次プローブセットおよび読み取りプローブセットが使用され、3つのチャンネルを介した画像取得が可能であった。それぞれのチャンネルは単一のRNA、ゲノム領域、タンパク質、または翻訳後修飾の局在を観察するために用いられた。
これらの手法から得られるデータを統合し、転写バーストの挙動を数理モデル化する試みも行っています。例えば、バースト発生を二状態(オン・オフ)モデルや確率過程としてモデル化し、実測データとのフィッティングから制御パラメータを推定します。こうした実験と計算の両面からのアプローチにより、転写バースト現象を多角的に解明していきます。
関連研究および成果
当研究室は転写バースト研究の最前線で成果を発信しています。以下に、最近の主な研究成果(論文)の一部を紹介します。
- Ochiai, H. et al. Genome-wide kinetic properties of transcriptional bursting in mouse embryonic stem cells. Sci Adv 6, eaaz6699 (2020). – マウス胚性幹細胞を用いたゲノムワイド解析により、転写バーストの大きさや頻度(動的特性)が特定の因子によって制御されていることを発見しました。具体的には、プロモーターや遺伝子本体に結合するポリコーム複合体や転写伸長因子がバースト動態を決定しうることを明らかにし、さらにCRISPRスクリーンによってAkt/MAPKシグナル経路が転写伸長効率の調節を介してバースト挙動を制御することも突き止めています。これらの成果は、哺乳類細胞における転写バーストと遺伝子発現ノイズの主要な分子機構を解明したものです。
- Ohishi, H. et al. Transcription-coupled changes in genomic region proximities during transcriptional bursting. Sci. Adv.10, eadn0020 (2024). – エンハンサーとプロモーター間の距離変化が転写バーストの維持・安定化に寄与する新たなメカニズムを解明しました。本研究では先進的なseq-DNA/RNA/IF-FISH法を駆使し、遺伝子が活発に発現している状況では周辺の特定DNA領域が近接して転写関連因子が局所的に集積する現象を確認しました。この因子集積によって遺伝子発現が促進される可能性が示唆されており、ゲノムの立体構造が遺伝子発現の動的制御に果たす役割について新たな視点を提供した成果です。
- Ohishi, H. et al. STREAMING-tag system reveals spatiotemporal relationships between transcriptional regulatory factors and transcriptional activity. Nat Commun 13, 7672 (2022). – 当研究室で開発したSTREAMING-tagシステムにより、生細胞内で特定の内在性遺伝子の転写活性とその核内位置(クロマチン状態)を高解像度(100nmスケール)で同時可視化することに成功しました。この技術を用いて、例えばマウスES細胞のNanog遺伝子座と共調節因子BRD4のナノスケールな分布を定量化し、エピゲノム状態が転写バースト動態に与える影響を詳細に解析しています。本手法の確立により、転写制御因子のクラスター形成と転写バーストの直接的な因果関係を解明する道が開かれました。
今後の展望
転写バースト研究のさらなる発展として、私たちは今後も複数の方向からアプローチを続けていきます。まず、現在明らかになりつつある制御因子や機構を他の細胞種・遺伝子へと広げて検証し、どこまで一般的な原理として成り立つのかを調べます。例えば、異なる組織や発生段階で同様の転写バースト制御メカニズムが働いているかを比較することで、生命現象に普遍的な法則と細胞種特異的な違いの両方を理解したいと考えています。また、転写バーストの制御異常が疾患の原因となっているケース(がんにおける遺伝子発現のばらつき増大など)がないか探り、その場合にバーストを外部から操作することで正常な状態に戻すような介入策につなげる可能性も模索します。
将来的には、転写バーストの制御メカニズムの知見を活かし、遺伝子発現を意図的に安定化あるいは多様化させる技術の開発を目指します。これは創薬や再生医療において細胞の状態を制御する新たな手段となりえます。
本研究が切り拓く知見は、医学・バイオテクノロジーへの応用にも大きな可能性を持っています。例えば、転写バーストの理解は今後の遺伝子治療技術や創薬への応用につながると期待されています。転写バーストを操作できれば、標的遺伝子の発現量を細胞ごとに微調整し、難治性疾患で問題となる遺伝子発現のばらつきを抑制するといった新しい治療戦略が生まれるかもしれません。また、今回明らかになったような制御機構が他の遺伝子・細胞系でも見られるかを調べることで、疾患治療に役立つ新たなアプローチの開発につながる可能性もあります。私たちは、基礎研究で得られた知見を将来的に社会へ還元できるよう、応用展開も視野に入れて研究を進めていきます。