九州大学 生体防御医学研究室 構造生物学分野 TRUE COMBINATION OF XRAY,NWR AND EM FOR STURUCTURAL BIOLOGY

研究内容の紹介

Research

研究概要

私たちの研究室では生体高分子の立体構造を決定し,それをもとに分子機能の構造基盤を明らかにします.多くの研究室ではX線結晶解析,NMR,電子顕微鏡のいずれか一つをメインの手法にするのが普通ですが,私たちの研究室では3つの方法を駆使した統合的な研究を展開しています.最近では,蛋白質分子が短い時間(ミリ秒以下)で一つの定まった立体構造にフォールディングできる物理化学的基盤を解明する研究をしています.

タンパク質分子と他の分子(リガンド)との相互作用は便宜的に2種類に分けることができます.高い親和性と高い特異性で結合する「強い相互作用」と,弱い親和性と広い特異性で結合する「緩い(ゆるい)相互作用」です.強い相互作用では互いの形や電荷の相補性が高いため,強くかつ高い特異性で結合できます.一方,緩い相互作用では形や電荷分布の相補性は低く,リガンドは溶液中では解離と結合の速い平衡にあります.広い特異性とは耳慣れない言葉ですが,構造類似性が一見すると見つからないような一群のリガンドを同じような親和性で結合することを意味します.

「強い相互作用」が注目されることが多いのですが,「緩い相互作用」も同じくらいに生物学的に重要です.困ったことに,緩い相互作用を対象とする研究手法は限られ、また得られる情報も限定されています.我々は,特に緩い相互作用に注目して研究を進めています.その際のキーワードは"Structure at work" (機能状態にある構造)です.

 

蛋白質分子が2つの状態(あるいは構造)の間の動的平衡にある場合,通常は,1つの平衡定数Kと2つの速度定数k (行きと帰りの2つある)を考えます.しかし,NMRなどの手法をつかってアミノ酸残基レベルでKやkを測定すると残基ごとに異なる値になることがあります.この値の分散は今までは測定誤差として無視されてきましたが,log k vs. log Kプロットをつくると直線関係があることを発見しました.この直線関係こそが蛋白質分子が短い時間内にフォールディングできる謎に答える手がかりとなります.

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蛋白質分子が短い時間内に一つの定まった立体構造にフォールディングできる物理化学的基盤を解明する

蛋白質はミリ秒程度の短い時間内に一つの定まった立体構造にスムーズに折れたたむことができます。この性質は生物進化における自然選択により得られた特別な性質ですが、迅速な折れたたみができない人工的なポリペプチド鎖との違いを明確に表現することは簡単ではありません。最近ではAlphaFold2を始めとするAIを使って、安定な立体構造を素早く形成する人工蛋白質の設計が可能となりました。しかし、AIはプロテインデータバンク(PDB)に登録された20万件に及ぶ立体構造を深層学習に使っており、生物が進化によって得た蛋白質の性質を(法則として抽出せずに)そのまま使っていると考えられます。従って、AlphaFold時代になっても蛋白質分子が立体構造を素早く形成できる謎は未だに解明されていません。蛋白質分子が立体構造を素早く形成できる謎にどうしたら答えを返せるでしょうか?

蛋白質分子の折れ畳みは高度に共同的であるという常識を打ち破るところから出発します。通常、蛋白質の折れたたみ、もっと一般的には構造変化は単一の平衡定数Kや速度定数k(行きkと帰りk’の2つある)を使って記述されます。しかし、NMRなどの手法を使って、Kやkの値をアミノ酸残基ごとに求めると異なる値になることがしばしばあります。にもかかわらず、Kやkの値の変動は実験誤差として無視されてきました。我々のアドバンテージはlog k (or log k’) vs. log Kプロットを作ると良い直線関係があることを発見したことにあります。この直線関係を「自由エネルギー直線関係」と呼びます。化学反応や生物現象において多くの自由エネルギー直線関係が経験的に見出されていますが、我々の報告した直線関係はデータ点が1本のポリペプチド鎖の複数のアミノ酸残基から一つの条件下で得られるという意味で全く新規な関係です(J Biomol NMR 76:87-94, 2022)。さらに、文献探索を行って2状態交換現象のlog-logプロットを作ると多くの場合に直線関係があることを発見しました(Sci Rep. 12:16843, 2022)

折れたたみ可能なポリペプチド鎖(蛋白質)に残基レベルの自由エネルギー直線関係があることを認めると、その物理化学的起源を問う疑問が浮かびます。我々の答えは「整合性原理」との関連です。1983年に当時九州大学理学部助教授だった郷信宏は「整合性原理」(the consistency principle)を提唱しました。「蛋白質の折れたたみ過程には初期状態と最終状態の2つしか存在せず、2つのアミノ酸残基の間に働く非共有相互作用は最終状態で接触しているペアに限られる」と表現されます。今日まで計算科学によるサポートがあるものの、実験的な裏付けが無い状況にあります。

残基レベルの自由エネルギー直線関係と整合性原理の関係を理論的に導く必要があります.理論的関連性を解明した論文を発表しました(BPPB. 20:e200046, 2023)

残基特異的自由エネルギー相関関係(residue-based free energy relationship)を使うと,蛋白質の構造変化の遷移状態に関して従来の方法では得ることが難しかった情報を得ることができます.相関関係式はいわば理想気体の状態方程式に相当し,実在蛋白質の性質は理想蛋白質からのズレとして観測されます.実例として,アポミオグロビンのlog k vs. log Kプロットにおいて直線から外れるデータ点(7残基)が,遷移状態におけるαヘリックスの一過的な動きに対応することを示しました(Sci Rep. 12:16843, 2022). アミノ酸変異体を使わないΦ値解析にも使うことができます(BPPB. 20:e200046, 2023)

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ミトコンドリアシグナル配列の認識機構

ミトコンドリアは動物および植物の細胞の中にある細胞小器官の一つです.酸化的リン酸化によるATPの合成やアポトーシスなど多彩な生物機能を果たしています.外膜と内膜の2つの脂質二重膜で仕切られており,内膜の内部をマトリクス,内膜と外膜の間の空間を膜間スペースと呼びます.

ミトコンドリアを構成するタンパク質は細胞質のリボソームで合成された後に,ミトコンドリア内部へと輸送されます.ミトコンドリアに運ばれるタンパク質とそうでないタンパク質はどのように区別されるのでしょうか?


adapted from D. W. Fawcett, The Cell, Its Organelles and Inclusions: An Atlas of Fine Structure, W. B. Saunders, 1966.

マトリクスへと輸送されるタンパク質はN末端に余分な配列が付加された前駆体として合成されます.この余分な配列をシグナル配列,特にミトコンドリアではプレ配列と呼びます.プレ配列は行き先を示すタグとして働き,輸送後には切断・除去されます.不思議なことに,1000種を超えるミトコンドリアタンパク質のプレ配列のアミノ酸配列にはコンセンサス配列が見つからないと言われてきました.


https://micro.magnet.fsu.edu/cells/mitochondria/mitochondria.html

ミトコンドリアタンパク質は外膜と内膜それぞれに存在する膜透過装置の働きによって外膜と内膜を通過します.ミトコンドリアの外膜に存在している膜透過装置をTOM複合体と呼びます.TOM複合体は複数の膜タンパク質からなる超分子複合体です.TOM複合体の中でプレ配列を認識して結合するタンパク質はTom20と呼ばれています.Tom20とプレ配列の結合は弱く(KdでμMオーダー)、結合状態と解離状態の交換は速いという特徴があります.1000種を超えるプレ配列を広く認識するので,Tom20とプレ配列の相互作用は緩い相互作用の典型です.
PubMed: 12691756

プレ配列の長さは15から70残基程度ですが,Tom20分子が認識するのはその一部にすぎません.安定同位体標識体したプレ配列ペプチドを調製し,Tom20分子との相互作用をNMRを用いて解析しました.NMR滴定実験の結果に基づいて「なぜプレ配列にはコンセンサス配列が見つからなかったのか?」という疑問に答えることができます.プレ配列には複数のタンパク質によって認識される短いアミノ酸配列が埋め込まれていて,しかもその編成がプレ配列ごとに異なっているのです.このような複雑な状況を理解せずに,単純にプレ配列のアミノ酸配列を並べただけではコンセンサス配列を見つけることは難しかったのです.
PubMed: 11237589

Tom20分子に存在する唯一のシステイン残基にペプチドの混合物を競争的に反応させてジスルフィド結合を作らせ,生成した共有結合複合体をマススペクトルで定量する新しいタイプのペプチドライブラリ実験を開発しました.その結果,Tom20の認識結合配列は,5残基からなるコンセンサスφχχφφ(φは疎水性,χは任意のアミノ酸残基)であることがわかりました.3つのφの位置は疎水性アミノ酸であれば結合できるので, Tom20タンパク質が認識するアミノ酸配列は極めて多様です.
PubMed: 0012691756

Tom20分子の細胞質ドメインとプレ配列との複合体の立体構造をNMRを用いて決定しました.プレ配列はアミノ酸配列の特徴から予想される通りに,両親媒性へリックス構造をとってTom20に結合していました.
PubMed: 0010721992

Tom20-プレ配列のNMR構造はシグナル配列が受容体タンパク質によって認識されている様子をとらえた初めての構造でした.そのため,Molecular Biology of the Cellをはじめとする多くの教科書の図として掲載されています.

プレ配列が遊離状態と結合状態の間で速い交換をしていることは,通常の構造生物学的手法の適用を著しく困難にします.これを克服するために「適切なリンカー配列を介して受容体にプレ配列ペプチドを共有結合で繋ぎ止める」方法を考案しました.「結合状態にあるリガンドの自由な運動を妨げない」ことに留意してデザインする点が重要です.

分子間ジスルフィド結合を用いてTom20-プレ配列複合体の結晶化を行いました.異なるリンカーのデザインから複数の異なる結晶が得られました.結晶構造を詳細に調べると,大変興味深いことがわかりました.プレ配列には疎水性アミノ酸であるロイシンが3残基あり結合に必須です.ところが,Tom20の構造には疎水性結合部位が2つしかありません.
PubMed: 17948058

この数の不一致から,Tom20に結合しているプレ配列の結合状態は複数あり,その間に動的な平衡があることで,Tom20の2つの疎水性ポケットを使って,プレ配列の3つの疎水性残基を同時に認識していると考えました.
すなわち,Tom20タンパク質はプレ配列に対する緩い特異性を達成するために「動的平衡認識メカニズム」を採用しています.動的平衡認識とは,1)複数の結合状態,2)それぞれの結合状態におけるリガンドの特徴の部分的な認識,そして,3)複数の状態間の速い交換,です.英語ではmultiple partial recognitions in dynamic equilibriumと名付け,頭文字をとってmPRIDEと呼びます.
PubMed: 29243092

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タンパク質結晶中に空間を創る技術

Tom20タンパク質に結合している状態におけるプレ配列の大きな振幅の運動を実験によって証明するために,タンパク質の結晶の内部に結晶コンタクト(結晶内の他の分子との相互作用)が無い空間を創り出すことを着想しました.この空間をcrystal contact-free space(CCFS)と呼ぶことにします.このCCFS中にプレ配列を配置して,その運動をX線結晶解析により解析します.通常の結晶解析ではプレ配列の運動は結晶コンタクトにより,一つの状態に固定されています.これをスナップショットと呼びます.

融合タンパク質を用いてCCFSを結晶内に創り出します.タグタンパク質としてマルトース結合タンパク質(緑色)を使いました.Tom20タンパク質(シアン色)とはαヘリックス(オレンジ色)を使って硬く接続します.この硬い接続によりMBPとTom20の間に空間を確保でき,CCFSとして利用することができます.プレ配列(マゼンタ色)は親和性が低いため,ジスルフィド結合を用いてTom20に係留します.

結晶を作ってX線回折データを測定し,MBP-Tom20融合タンパク質の構造を鋳型にした分子置換を行いました.プレ配列についてはモデルを置かずFo-Fc差電子密度マップを用いることで,その電子密度を視覚化しました.差電子密度マップを作るためのフーリエ変換において,ローパスフィルター(閾値7Å)をかけることで,結合状態のプレ配列のL字型の電子密度を”見る”ことに成功しました.
PubMed: 26694222

CCFSの中で視覚化された電子密度は,通常の結晶解析によってすでに得られていた3つのスナップショット構造と良く重なり,今回得られたCCFSの電子密度は3つのスナップショット構造の重なり部分に相当していました.

Fo-Fc差電子密度マップのシグナル対雑音比を改善することができれば,プレ配列の動きの全体像,すなわちプレ配列運動の振幅を電子密度の広がりを実験的に決定することが可能になります.

 

プレ配列に対する緩い特異性を達成するために,Tom20は「動的平衡認識メカニズム」を採用していることを提案しました.これが正しいならプレ配列中の三つの疎水性残基(ロイシン)を他の疎水性残基に置換すると,結合状態にあるプレ配列の空間分布が変化するはずです.15位のロイシンを体積がもっと大きいトリプトファンに置換してCCFS中の電子密度を解析しました.L15のプレ配列の電子密度(灰色)と比べると,W15のプレ配列(マゼンタ色と黄緑色)の電子密度の位置と大きさが適応的に変化することを証明しました.

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オリゴ糖転移酵素の構造生物学

タンパク質の翻訳後修飾として糖鎖の付加は最重要な生命現象の1つです.中でもアスパラギン残基への糖鎖付加(N型糖鎖付加)はその代表です.N型糖鎖修飾のタンパク質のコンセンサス配列はAsn-X-Ser/Thr(X≠Pro)です.N型糖鎖修飾は真核生物だけではなく,古細菌にも広く存在します.また,真正細菌の一部にも存在します.

N型糖鎖修飾反応の全体は非常に複雑なプロセスですが,タンパク質と糖鎖の出会いはただ1つの化学反応であり,オリゴ糖転移酵素(Oligosaccharyltransferase)と呼ばれる膜タンパク質酵素が触媒しています.コンセンサス配列のすべてに糖鎖付加が起こるのではなく,3分の2程度が選択されて修飾されます.糖鎖付加が実際に起こるかどうかは酵素に結合したときのAsn-X-Ser/Thr配列のコンホメーションが重要であると考えられます.

オリゴ糖転移酵素の触媒サブユニットはSTT3/AglB/PglBと呼ばれるタンパク質です.まず,最初に古細菌Pyrococcus furiosusのAglBタンパク質のC末端側可溶性ドメインの結晶構造決定を行いました.これはSTT3/AglB/PglBタンパク質の構造決定としては,世界で最初の例になりました.
PubMed: 18046457, 17768359

オリゴ糖転移酵素の糖鎖転移活性のアッセイ法の新たに開発を行いました.基質ペプチドを蛍光標識し,生成した糖ペプチドをゲル電気泳動で分離します.その簡便性と感度の高さから,現在,世界中で使われるようになりました.ペプチドにビオチンを導入することで,糖ペプチドの大量調製も可能になります.
PubMed: 17693440

古細菌Archaeoglobus fulgidusのAglB-Lの全長を大腸菌の膜分画に発現し,界面活性剤共存下に精製しました.結晶化を行い,X線結晶構造決定を行いました.N末端の膜貫通ドメインは13本のαヘリックスからなり,その中に2価金属イオンと2つの酸性残基からなる活性部位があることがわかりました.一方,C末端の可溶性ドメインにはコンセンサス配列の3番目のアミノ酸であるSerとThrを結合するポケットがありました.
PubMed: 24127570

ジスルフィド結合を利用して,Asn-X-Thr配列を含むペプチドを古細菌A. fulgidusのAglB-L酵素に固定して結晶化することにより,酵素・ペプチド複合体の結晶構造を決定しました.
PubMed: 27997792

次に,酵素・ペプチド・ドリコールリン酸の三者複合体の結晶構造を決定しました.ペプチドのDab(Asn残基のアナログ)-Val-Thr配列(黄色)が伸びたコンホメーションで酵素側のTIXEモチーフ(緑色)と逆平行βシート構造を作っていました.伸びたコンホメーションの場合,Xの位置にプロリンがくることはエネルギー的に困難となります.これが糖鎖付加のコンセンサス配列中のXの位置にプロリン残基が許容されない理由です.
PubMed: 34354228

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古細菌の糖鎖生物学研究

古細菌のN型糖鎖の構造は古細菌の種ごとに異なると言っても良いほど多様です.古細菌Pyrococcus furiosus,Archaeoglobus fulgidus,Pyrobaculum calidifontisのN型糖鎖を質量分析とNMR解析によって決定しました.古細菌の培養時に少量の13C標識グルコースを加えることで,糖鎖の安定同位体標識を行いました.これにより13C-NMRを用いた構造解析が可能になりました.
PubMed: 24562177, 26093517

糖鎖供与体は糖鎖がイソプレノイド型脂質リン酸かキャリアと結合した糖脂質(Lipid-Linked Oligosaccharide, LLO)です.古細菌のLLOの化学構造は長い間未知でした.4種の古細菌のLLOの化学構造を質量分析によって決定しました.これにより,ユーリアーキオータ門ではリン酸基の数は1個,クレンアーキオータ門ではリン酸基の数は2個であることを明らかにしました.これは古細菌のN型糖鎖合成システムの進化について新しい視点を提供します.
PubMed: 27015803

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大腸菌のPriA蛋白質

大腸菌のPriA蛋白質は停止したDNA複製を再開するために必要なタンパク質の1つです.N末端側の約200残基にはDNAの3'末端を認識・結合する機能があります.3'末端の塩基が異なっても親和性が変わらないので,緩い相互作用の例です.PriA蛋白質のN末端ドメイン(105残基)の結晶構造解析を行い,ApA, ApC, ApG, ApT, CpCpCとの複合体の構造を決定しました.
PubMed: 17464287

残基番号17の位置にあるAsp残基が,高い親和性をもつと同時に塩基の種類によらずにDNAの3'末端に結合する能力を獲得するために重要な役割を果たしていることを明らかにしました.
PubMed: 20658707(東京都医学総合研究所・正井久雄博士との共同研究)

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