先輩の声
「世界一流を目指す研究者を養成」することを唯一無二の目的としている分子発現制御学分野。その分子発現制御学分野を巣立っていった先輩方の声を聞いてみました。
博士4期生:原 太一
私がちょっと拝借している「中山先生の一話」があります。私が大学院1年生(博士1年)の時、当時は8月に入る前に個人面談というものがありました(今もあるのかな?)。一ヶ月くらい前からセミナー室に予定表が張り出され自分の都合の良い日を書いて予約するのだが、入学して間もなく、データもない私にとって、その日がくるのが憂鬱でしょうが無かったのを記憶しています。しかし当日、中山先生から実験に関する話はまったく無し、話の内容は研究者にとって重要な資質は何かということでした。あまりできの良くない私を励ますためだったのかもしれませんが、結論は研究者にとって重要なことは頭の良さではなく、プラス思考であることだということだった。みなさん聞いたことがある話かもしれませんが、ここからは中山先生の受け売りです。まったく練習しなくても打てる天才バッターがいる。一方で、一生懸命努力してヒットを打つ選手もいる。そうではなく、バットを振ったらたまたま当たってホームランになる運の良い選手もいる。もちろん、凡人がヒットを打つ可能性がもっとも高いのは、たくさん打席にたってバットを振り続けることだ。たまたま当たる時もあるだろうし、狙って当たるときもある。当然、まったく打てない時もあるだろう。野球と研究の違いは打てなくても凡打でもアウトがないところにある。何回打席に入っても、どれだけバットを振っても、打てば良いのだ。根っからの小心者の私にとって、アウトがないというのは本当に有り難い。私の性分を知って励ましの意をこめられたのか、はたまたしっかり働けよと念を押されたのか、当時の私には中山先生の真意は測り兼ねました。しかし、研究者としての生活に不安と情熱を失いかけていたド凡人の私には中山先生のこの話は本当に励みになりました。とにかく続けることが大事だと思うと、ふと片の荷がおり、そして今日までバットを振り続けています。
博士5期生:神武 洋二郎
チャペルヒルにきてはや三年。長いようで短い。三年前の自分は将来のことなんて何も考えていなかった(今もじゃー!!)。ただアメリカに住んでみたかった。これが渡米を決断した一番の理由だったような気がする。この三年間、いろんな人と出会い、いろんなことを学び、そしていったい自分がどう変わったのかは分からない。一つだけ確かなことは、来て良かった。それで充分なような気がする。
思えば自分はこれまで上司や同僚に恵まれていた。中山研での大学院生時代、優秀な先輩後輩の後ろに隠れ、いつも二軍ベンチを温めていた出来の悪い自分を、最後まで見捨てず叱咤激励し、留学のチャンスをも与えて下さった恩師、中山先生。渡米後もノースカロライナまでわざわざ来て下さり、なにかと心配して下さった。中山先生の優しいお心遣い、深く感謝している。また親身になって実験の指導や日々の悩み相談に乗って頂いた、啓子先生、嘉村先生、畠山先生やボスドクの方達の支えなしでは無事学位をとることはできなかっただろう。中山研で苦楽をともにした同級生や先輩後輩達には今でも背中を支えられている。そして現在のボスであるYue。まるで親父のようになにかと面倒をみてくれている。Yueに出会い、師事できたことがこの留学の一番の収穫だと思う。これまで幾度となく崖っぷちに立たされた自分を、公私にわたって支えてくれている個性豊かな同僚のポスドク達。ろくな食事をとっていない自分を見かねて、時々食事を作ってくれている近所のおばあちゃん。彼らなしでは恐らく一年ともたず、日本に帰っていたと思う。
なんだかとりとめのない文章になってしまった。。。研究について書く前に紙面が尽きようとしている。。。とどのつまり言いたいことは、こうしてアメリカで研究を楽しんでいられるのも、中山研で過ごした四年間のおかげだということだ。まだまだ道の途中。これからも人との出会いを大切にし、あまり先の事を深く考えず、志を共にする人達と一緒に研究を楽しんでいけたらと思う。


