研究手法

生命を「多階層にまたがる大規模な情報ネットワーク」として読み解き、理解する

細胞はエピゲノム、トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボロームなど、多階層のオミクス階層にまたがる情報ネットワークにより制御されている「システム」です。実際に、細胞のほとんどの応答は多階層にまたがる大規模かつ複雑なネットワークによって制御されています。例えば、インスリンは対象となる臓器に作用し、短期的にはリン酸化カスケードからなる複数のシグナル伝達経路を介し、長期的には遺伝子発現を介したタンパク質の発現量を制御することで代謝全般をダイナミックに制御しています。つまり、細胞を真に理解するためには、定量性のある多階層のオミクスデータから細胞が織りなす情報ネットワークを「再構築(読み解く)」し、細胞の戦略を「理解する」必要があります(トランスオミクス解析)。

図1
そのために我々は、実験と解析の両方を緻密に連携させて研究を行っています。実験においては、我々自身がトランスオミクス解析に最適な条件を決定して実験を行っています。解析においては、データや実験条件に適したデータベースやインフォマティクス、統計的手法を駆使し、多階層にまたがる大規模かつ複雑な情報ネットワークの再構築を行っています。そして、再構築されたネットワークから細胞の戦略を理解すると共に、生命応答の制御を目指しています。これにより、診断・治療法の開発へと貢献したいと考えています。
図2

   

生命をシステムとして理解し、その特性を明らかにする

生命は分子ネットワークを用いて何をしているのでしょうか?生命はネットワークを用いて外界の情報(様々な刺激:ホルモン・栄養・温度など)を処理しています。つまり、生命もコンピュータなどと同様に外部からの情報を処理するシステムを内包しています。分子のネットワークにはこの情報を処理するシステムが組み込まれています。我々は、ネットワークを再構築するだけでなく、多階層にまたがるネットワークを用いて生命がどのように情報を処理しているかを明らかにしたいと考えています。そこで我々は、実験データを取得し、微分方程式モデルや統計モデルを作成することで、その特性と意味を明らかにし、将来的には制御を目指しています。

図4

   

研究対象

肥満を理解し、監視し、制御する!

我々は生命現象として肥満に注目しています。肥満は糖尿病をはじめとしてガンやサルコペニア、心血管疾患、アルツハイマー病など、多数の疾病の危険因子です。しかし、近年肥満者数は増加しており、世界的な問題になっています。我々は肥満がどのように生体の恒常性の異常をきたし、多数の病気の危険因子となるのかを明らかにすることを目的としています。これにより、肥満そのものだけでなく、肥満がどのようにこれらの疾病の土壌となるかも明らかにしたいと考えています。そして、肥満の進行をシステムとして理解し、肥満の監視と制御を目指しています。
肥満進行を対象としたトランスオミクス解析手法は汎用性が高く、他の多くの疾病発症の理解のモデルケースになると日々研究を行っています。

図5

   

インスリンの血中パターンに意味はある?

インスリンは血糖値を下げることのできる唯一のホルモンです。40年近く昔から、血中のインスリン濃度は特徴的なパターンがありインスリン作用に重要であることが報告されてきました。これまでに我々は、血中インスリンパターン依存的に下流分子を選択的に制御できることを明らかにしてきました。現在はさらに、肥満におけるインスリンパターンの意義やインスリンによる血糖値制御に注目した研究を行っています。  

個体における臓器の関係性を明らかにする!

個体の理解には臓器の関係性を明らかにすることが必要不可欠です。例えば、インスリンは膵臓から分泌され肝臓・筋肉・脂肪組織といった臓器に作用します。では、それぞれの臓器の関係性はどうなっているのでしょうか?我々は個体における臓器の相互作用を、数理モデルや統計的なアプローチを用いて明らかにしたいと研究を行っています。

図6

   
九州大学 生体防御医学研究所
統合オミクス分野
教授 久保田 浩行