ICF症候群患者由来iPS細胞を用いた原因遺伝子の確定と分子機構の解明

・はじめに

 私たちの遺伝情報はDNAに暗号としてコードされていて、すべての細胞が同一のDNAを有しています。しかしながら、私たちの体はさまざまな種類の細胞から構成されています。これは、DNAに書かれた暗号の読まれる部分が、各細胞によって違うからです。いつ、どこで、どの遺伝情報を使うかを決めたり、使わない遺伝子の発現を抑制したりするDNAの1次配列に依らない遺伝子の発現制御機構のことをエピジェネティック制御と言います。このエピジェネティック制御には、DNAのメチル化や、DNAが巻き付いているヒストンの修飾が深く関与している事が知られています。
 エピジェネティック制御機構の1つであるDNAのメチル化の異常は、血液疾患、免疫不全、癌、先天性異常などの様々な疾患を引き起こすことが知られています。本研究ではDNAのメチル化異常を伴う先天性免疫不全疾患であるICF(immunodeficiency, centromeric instability, facial anomaly)症候群の新規原因遺伝子の確定と機能解析を目標としています。ICF症候群は免疫不全と顔面奇形を主な症状とする稀な先天性疾患です。患者さんの細胞では、染色体のセントロメア近傍のDNAのメチル化状態が低下することにより、異常な形態を持った染色体が出現します。ICF症候群はDNAメチル化酵素のDNMT3Bの変異に起因するタイプのICF症候群と、この遺伝子に変異のみられないタイプのICF症候群に分けられます。
 我々はこれまでにDNMT3Bの変異に起因しないICF症候群から得たゲノムDNAを用いてエキソーム解析を施行し、ICF症候群でのみ変異が認められる原因遺伝子の候補を数十遺伝子見出しました。東京大学医科学研究所 幹細胞治療研究センターで樹立されたICF症候群患者さん由来のiPS細胞はこの候補遺伝子のうちZBTB24という遺伝子の変異を有していることが分かり、このiPS細胞に正常なZBTB24を発現させることでDNAのメチル化レベルが回復するかどうかを調べ、ZBTB24が原因遺伝子かどうかを確定することを目指します。ZBTB24がDNMT3Bの変異に起因しないICF症候群の原因遺伝子の1つであることが明らかになれば、ICF症候群の確定診断や、エピジェネティクスの異常により免疫不全が引き起こされるメカニズムの解明に役立ちます。また、将来的には解き明かした分子機構をもとに、エビデンスに基づいた治療法を考案し、ICF症候群患者さんのQOLの改善を目指します。

・対象

 ZBTB24遺伝子に異常を持つ1人のICF症候群患者から樹立されたiPS細胞株と、2人の健常人対照群の末梢血細胞から樹立されたiPS細胞株

・研究内容

 東京大学医科学研究所 幹細胞治療研究センター ステムセルバンクで樹立されたZBTB24に変異を持つICF症候群患者さん由来のiPS細胞に、正常なZBTB24を発現させることによって、ICF症候群患者さんに特有のDNAの低メチル化状態が回復するかどうかを調べます。対照として東京大学医科学研究所 幹細胞治療研究センター ステムセルバンクに寄託された健常人由来のiPS細胞を用います。また、ZBTB24が原因遺伝子として確定されましたら、ZBTB24の異常がDNAの低メチル化を引き起こす分子機構の解明を目指します。

・個人情報の管理について

 ICF症候群患者さんへの説明は主治医が責任を持っておこない、患者さんからインフォームド・コンセントを得ております。また、患者さんの個人情報は匿名化され、情報は厳重に保管されておりますので、第三者が患者さんの個人情報を閲覧することはできないようにしております。 健常人由来iPS細胞に関しましては、健常人ボランティアの方から他施設での使用許可を得て公的バンクに寄託された細胞で、ボランティアの方の個人情報は匿名化され、第三者がボランティアの方の個人情報を閲覧することはできないようにしております。
 また、本研究の実施過程及びその結果の公表(学会や論文等)の際には、患者さんを特定できる情報は一切含まれません。

  ・研究期間

承認日より平成25年8月21日まで

・医学上の貢献

本研究により被験者となった患者さんが直接受けることができる利益はありませんが、将来研究成果はICF症候群の発症機序の解明、確定診断、新しい治療法の発見の一助になり、多くの患者さんの治療と健康に貢献できる可能性が高いと考えます。

・研究機関

九州大学 生体防御医学研究所 エピゲノム学分野
教授 佐々木 裕之(責任者)
助教 鵜木 元香
研究生 新田 洋久