研究代表者
鵜木 元香 (生体防御医学研究所 エピゲノム学分野・助教)

研究概要

UHRF1は癌細胞で過剰発現しているタンパク質で、DNAのメチル化状態の継承に寄与する。またUHRF1はメチル化したヒストンH3K9やヒストン脱アセチル化酵素と結合し、エピジェネティックな遺伝子発現制御への関与が示唆されているが、詳細は明らかではない。我々は予備実験によりUHRF1複合体にさまざまなヒストン関連タンパク質が含まれている事を見つけた。また我々はUHRF1が細胞内で多数のリン酸化修飾を受けている事を質量分析にて見出している。よってUHRF1は細胞内の状況に応じて異なる部位に修飾を受け、結合タンパク質を変え、異なる「ヒストンコード」の確立および読み取りに関与し、遺伝子発現をダイナミックに制御している可能性が示唆されている。本研究では癌やエピジェネティック疾患の治療につながる可能性がある「エピジェネティックな遺伝子発現制御機構にUHRF1が果たす役割」の解明を目指すと共に、DNA複製時にUHRF1がさまざまなヒストン関連タンパク質との結合を介して「ヒストン修飾の継承」に寄与している可能性を検討する。また「ゲノムインプリンティング機構」へのUhrf1の関与を検討する。「ヒストン修飾の継承機構」はほとんど解明されておらず、また「ゲノムインプリンティング機構」は未解明な点の多い現象であり、本研究はさまざまな領域の基礎研究の発展にも多大な貢献をする可能性がある。

研究目的
  1. 我々はUHRF1がDNAのメチル化状態を認識する事、ヒストン脱アセチル化酵素HDAC1と結合する事を明らかにした。その後の他グループの研究でUHRF1はDNA複製時に生じるヘミメチル化DNAに親和性高く結合し、DNAのメチル化状態を親細胞から娘細胞へと継承する事や、メチル化したヒストンH3K9に結合する事が明らかにされた。メチル化ヒストンH3K9は転写抑制との関連が知られており、またヒストンの脱アセチル化も転写を負に制御する。従ってUHRF1はメチル化ヒストンH3K9に結合し、HDAC1をリクルートしてヒストンの脱アセチル化を介し転写抑制に働いている事が予測されるが、UHRF1の転写制御機構の詳細は明らかではない。我々はUHRF1が複数カ所にリン酸化を受け、さまざまなヒストン関連タンパク質と相互作用している事を予備実験で見出した。本研究で我々は、UHRF1が細胞内の状況に応じて異なる部位に修飾を受け、異なるヒストン関連タンパク質との相互作用を通して異なるヒストンのアミノ酸残基を修飾し、それが「ヒストンコード」として認識される事によって「遺伝子発現をダイナミックに制御している可能性」を検討する。
  2. UHRF1はDNAの複製分岐点にヒストン関連タンパク質群を呼び込み、ヒストンの修飾状態の次世代への継承に寄与している可能性がある。これまでほぼ未解明である「ヒストン修飾の継承機構」の手がかりをつかむ事を目指す。
  3. 父・母由来の一方の対立遺伝子のみに特異的な発現を引き起こすDNAの一次配列に依存しないエピジェネティックな現象「ゲノムインプリンティング機構」はDNAのメチル化がその一因である事が明らかにされているが、それだけでは説明のつかない部分も大きい。我々はゲノムインプリンティング機構にヒストン修飾が含まれている可能性を考えている。UHRF1はDNAのメチル化とヒストン修飾を緊密に繋ぐ役割を果たしているので、UHRF1が「ゲノムインプリンティング機構」に果たす役割の解明を目指す。
研究の意義
  1. 基礎分野への学術貢献:UHRF1の遺伝子発現制御機構およびヒストン修飾の継承機構、またゲノムインプリンティング機構の理解が深まれば、エピジェネティックな遺伝子発現制御機構や哺乳類の発生機構の本質的理解につながるため、広範な基礎分野の発展に貢献する事が予想される。
  2. 社会貢献:エピジェネティックな異常は細胞の癌化やさまざまな人の疾患(Beckwith-Wiedemann 症候群、Prader-Willi 症候群、Angelman 症候群、Silver-Russell 症候群、糖尿病、統合失調症、躁鬱病)の一因である。我々はすでにUHRF1のさまざまな癌種における過剰発現を報告し、UHRF1は抗癌剤の標的になりうる事を示してきた。UHRF1の機能のさらなる理解は、 さまざまなエピジェネティック疾患の治療薬の開発に将来的につながる可能性がある。
研究計画、方法

「エピジェネティックな遺伝子発現制御機構」及び「ヒストンの修飾継承機構」「ゲノムインプリンティング機構」にUHRF1が果たす役割の解明を解明するために、以下の3つの実験を推進する。

  1. 予備実験にて見つけたUHRF1と相互作用するさまざまなヒストン関連タンパク質のUHRF1との結合部位の特定や、UHRF1との結合が間接的か直接的かの検討を含む詳細な解析をリコンビナントタンパク質などを用いて行う。
  2. 上記で詳細を決定したヒストン関連タンパク質が細胞内で正常に機能するためにUHRF1が必要か否かをUHRF1ノックダウン細胞などを用いて解析する。UHRF1の存在の有無でヒストンの修飾状態が変化するか、それに伴って転写される遺伝子群は変わるのかを調べ、UHRF1が遺伝子発現制御機構に果たす役割を探る。
  3. ヒストン修飾継承機構およびゲノムインプリンティング機構の解析を、Uhrf1ノックアウトマウスを用い行う。Uhrf1ノックアウトマウスは胎生致死なので、発生時期特異的Uhrf1コンディショナルノックアウトマウスを作製し、Uhrf1のゲノムインプリンティング機構への関与を検討する。
研究業績

本研究に関わる発表論文(抜粋)