海釣り公園にて - 2001年5月6日 -

  最近子供に請われて釣りに出る。といっても、これまでの釣果は小アジ、小サバにカワハギ一尾
 程度なので、その力量たるや推して知るべしである。ただ、日頃研究室に引きこもっているので、
 潮風に吹かれるだけで心地よい。その道の人に言わせると、潮の流れはもちろん、柵の高低、う
 き、おもり、針にいたるまでねらう獲物に応じて周到な準備が必要なようだ。この点でも私はアング
 ラ−失格である。

  ただこうして考えてみると、釣りは研究と相通じるものがあるかもしれない。研究を始めるに際し
 て、必ず何かを明らかにしたいという目的(獲物)があるはずだ。その目的に応じて、各研究者が
 独自の仕掛けを用意して、獲物がかかるのを待つ。この仕掛けを用意する段階が一番大変である
 が、自分が狙った通りの獲物を釣り上げた時の快感は格別である。また、この仕掛けが有効であ
 ることが広く知られるようになれば、他の研究者はその仕掛けを基に独自の改良を加えて新たな
 獲物を求めることになる。時には、この仕掛けに考えてもいなかったような獲物がかかることもあろ
 う。

  私が内科の臨床研究を終えて大学院を志したのは、生命現象の神秘そのものにふれてみたい
 欲求からだったと思う。この思いは今も変わっていない。むしろ、生命現象の理解なくして病気の治
 療もあるまいと考えている。大学院生にも折に触れ、そういう(説教じみた)話しをするが、なかなか
 彼らには理解してもらえていないようだ。

  私が大学院生のころ取り組んだテーマはHLAの機能をトランスジェニックマウスを樹立し、解析
 するというものであった。たまたま導入遺伝子がX染色体に挿入され、ヘテロ接合体雌においては
 Lyonizationの結果、HLA分子の発現が個体個体で異なり、その結果T細胞レパートリーが影響さ
 れることを見出した。当時、TCRトランスジェニックマウスやスーパー抗原を用いて正と負の選択が
 やっと'visualize'されるようになった頃であり、私にとって当時この相反する選択はまさに生命現象
 の神秘のように思われた。スタンフォード大学留学時代は、胸腺で死滅するであろうMHC/自己抗
 原ペプチド複合体特異的 high affinity TCR の単離同定を、soluble dimeric MHC-ペプチド複合体
 用いて試みた。今でこそ soluble multivalent MHC-ペプチド複合体を用いて、抗原特異的TCRを同
 定するというアプローチが一般的なものとなったが、当時としては全く新しい試みであった。しかしな
 がら、この soluble dimeric MHC-ペプチド複合体は特定のTCRに対して確かに遅いoff rateを示し
 たが、その効果は現在既に臨床研究にも応用されている soluble tetrameric MHC-ペプチド複合体
 に比べて数段見劣りするものであった。ただ、この研究のプロセスは、生命現象を分子-分子相互
 作用の観点から理解するという姿勢を私に教えてくれたという点で大変意義深いものであったと考
 えている。この経験を基に帰国後T細胞レパートリー形成を分子レベルで解析すべく、単一MHC/ペ
 プチド複合体を発現したマウスの樹立を試みた。この間、欧米の研究者と糸が絡み合い苦労もした
 が、何とか数匹の獲物を釣り上げることができた。おそらく、この分野における最大の疑問は正の
 選択の生物学的意義とは何かという点であろう。この点を明らかにすべく大きな仕掛けを準備して
 いる。

  一方、この仕掛けを準備している最中に、置き竿に大きな当たりがあった。最初は根がかり(針
 が藻や石などに絡まること)かと思ったが、そうじゃない。リールをすこし巻いてみると、どうも’細
 胞骨格制御分子’のようだ。「昔、’細胞骨格はすべてを制御する?’という特集号があったよな。
 もしかすると、とっても大切な分子かも」とひとりぶつぶつ言いながら慎重に引き上げてみるとかな
 りの大物である。急いで魚拓をとって競技委員長の方へ提出すると、もう少し情報を加えて5月30
 日までに再提出せよとのこと。現在きれいな魚拓をとるのに苦闘している最中である。

  3年ぶりの特定領域となりますが、今回、この新しく釣り上げた獲物を解析していきたいと考えて
 います。特定領域の良さは、班会議等を介して第一線の先生方から忌憚のないご意見を頂けるの
 はもとより、色々な諸先生方と交流をもつことで、その後の共同研究をはじめ、自分の世界を広げ
 ることができる点にあると思います。微力ながらこの2年間班の発展に貢献できるよう努力致す所
 存です。何卒ご指導の程宜しくお願い致します。

                                    (免疫シグナル伝達ニュースより)