自分なりの哲学を確立できる日を夢みて

  このたび、「T細胞の分化・活性化を制御する抗原認識の分子基盤」という課題で免疫学会賞を
 賜り大変光栄に存じております。私がこれまで取り組んできたことを多くの先生方に認知して頂いた
 こと大変うれしく思うと同時に、私の研究を支えてくれた大学院生やテクニシャン、快く共同研究をして
 下さった研究者の方々、そしてこれまで温かく、時には厳しくご指導頂いた笹月健彦先生に、改めて感謝
 致しております。ここでは自身の願望も交えつつ、今後の抱負を述べさせて頂きます。

  細胞の高次機能は細胞骨格の再構築により巧妙に制御されています。このことは免疫系におい
 ても例外ではありません。しかしながら、細胞骨格制御に関するこれまでの研究の多くは、繊維芽細
 胞など免疫系以外の細胞を対象としたものであり、外来異物やアポトーシス細胞の貪食、リンパ球
 やマクロファージの遊走、免疫シナプス形成など免疫系独自に進化したさまざまな細胞高次機能に
 おいて細胞骨格の再構築が重要な意味を持つであろうと考えられるにも関わらず、その分子レベル
 での理解は進んでいないのが現状です。多くの受容体やリガンドが同定された今日、受容体刺激に
 伴うシグナルの‘量’あるいは‘質’が細胞骨格の再構築によりどのように制御されているかを解明し、
 その機能発現との関連性を解析することは今後の免疫学の大きなテーマになるのではないでしょう
 か?幸い私共では、免疫系特異的に発現する細胞骨格制御分子DOCK2を同定致しました。いや、
 この分子を同定したからこそ、このようなことを考えたというのが正直なところかもしれません。今後、
 DOCK2及びその関連分子を足掛かりとして、各種受容体から細胞骨格再構築に至るシグナル伝達と
 その生物学的意義を明らかにしていければと考えています。

  生命科学とは、実在する生命現象を分子の言葉で記載する学問です。それ故、個々の論文が、観
 察した結果を正確に記載するのを第一義とするのは至極当然なことです。しかしながら観察結果を
 ただ羅列するだけでは研究者の個性は見えてまいりませんし、また生命現象の本質に迫るようなコ
 ンセプトを打ちたてることは不可能でしょう。この歳になると、日本の免疫学をリードしてこられた一流
 の先生方と同席させて頂く機会も徐々にではありますが増えて参りました。その際いつも感銘を受け
 るのは、御自身の研究の歴史に裏打ちされた確固たる哲学をもっていらっしゃるという点です。細胞
 骨格制御機構という数百、数千にもおよぶジグソーパズルの数ピースを手にしたに過ぎない現在の
 自分には、独自の哲学を語る経験も無ければ能力もありません。ただこれから20年に及ぶであろう
 研究生活の中で、新しいピースを集める地道な努力を続けつつ、お気に入りの数ピースを若い研究
 者と一緒にああでもない、こうでもないと試行錯誤を繰り返す過程で最終的に自分なりの哲学を確立
 していきたいと考えています。

                          (JSI Newsletter「日本免疫学会賞を受賞して」より)